【旧車】シーラカンスの豆知識

記念すべき高級車としてデボネアが発売

 1918年にフィアットを模範にしたA型を製造した三菱。当時はまだ自動車工業となる前の三菱造船時代で、戦争により自動車製造から撤退。戦後の財閥解体により3社に分割されたうちの東日本重工業は、アメリカ・カイザー・フレイザー社のヘンリーJをノックダウン生産。また中日本重工業ではジープをノックダウン生産。

 こうして自動車製造技術を蓄えた三菱はオート3輪のレオ、1960年の三菱500、1962年のコルト600などを立て続けに発売。そして分割された3社が再合併して三菱重工業が誕生した1964年、記念すべき高級車としてデボネアが発売された。

「シーラカンス」の名前の由来

 いわばデボネアは三菱の持つ自動車技術の結晶。GMのデザイナー、ハンツ・ブレツナーが描いた5ナンバー枠一杯のボディに、2リッター直列6気筒エンジンを搭載。堂々たる風格を備えていた。このデボネア、1964年の発売開始から何度もマイナーチェンジを繰り返し、1976年には2.6リッター4気筒エンジンに切り替えられ3ナンバー車に成長。その後も継続生産が続き、実に1986年まで生きながらえた。

 これだけの長寿モデルはトヨタ・センチュリーくらいなものであり、80年代にはすでに「走るシーラカンス」という異名で呼ばれた。シーラカンスとは古生代から現在まで種が続く魚。生きた化石と呼ばれたことをクルマになぞらえ、デボネアをシーラカンスと呼んだのだ。

 この呼び方は1980年代半ば頃に自動車雑誌が使って普及したと考えられている。すでに当時、デボネアを選ぶのは三菱関係者しかいないなどとも揶揄されたが、1986年8月にフルモデルチェンジした2代目デボネアVが発売され、シーラカンスの呼び方も収束した。初代デボネアをシーラカンスと再び呼ぶようになったのは、1990年以降の旧車ブームが本格化してからだ。

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