【旧車】ジャパンの豆知識

ジャパンの名前の由来

 日産スカイラインの広告宣伝は、プリンス自販の宣伝課がライトパブリシティという広告代理店を起用して展開された。初めて世に出たキャッチコピーは「愛のスカイライン」で、3代目のハコスカで使われた。続く4代目では「ケンとメリーのスカイライン」というキャッチコピーが大ヒットして、プリンス自販・宣伝課とライトパブリシティの関係は黄金時代を迎える。

 では次の5代目でどうするか。おそらく相当に難しい課題だったことだろう。そこで若い男女のカップルを起用する従来の戦略を変えて、広告キャラクターに開発主査を務めていた桜井真一郎氏を起用する。この時のイメージが強烈だったせいか、桜井氏は現在までミスター・スカイライン、スカイラインの父として親しまれることになった。

 そしてキャッチコピーは「スカイライン・ジャパン」。これは日本の風土が生んだ名車であるという意味が込められたもので、広告には大きく「SKYLINE JAPAN」の文字が踊ることになった。ケンメリに続き、発音しやすく覚えやすいコピーとして「ジャパン」は、瞬く間に定着することになったのだ。

ターボエンジン投入による起死回生

 ジャパンの世代にはニュースが多い。まず日産自動車が日本初のターボ車としてセドリック・グロリアにターボモデルを1979年に追加する。このL20ET型直列6気筒OHCターボエンジンを積んだジャパン・ターボが1980年に追加発売された。この当時、排ガス規制に適合させたNAPS装備のL型エンジンはスポーティという響きと程遠い、遅いエンジンで有名。ライバルであるトヨタ・セリカの広告宣伝で「名ばかりのGTは道を開ける」と揶揄されたほどだった。だからターボエンジン投入は起死回生の飛び道具だったのだ。

ジャパン・ターボがカーチェイスで一躍時の車に

 桜井真一郎氏を起用して好調だった販売をさらに上向かせるため、ジャパンターボをテレビドラマ『西部警察』の劇中車に起用させた。大門軍団の特殊車両としてマイクロコンピューターや無線、サーチライト、リモコン式カメラ、カラーボール発射銃などを装備。「マシンX」と命名されたジャパン・ターボは華麗なカーチェイスを繰り広げて一躍、時のクルマとなったのだ。

DOHCエンジンを搭載するGT-Rは発売されず

 ジャパンと呼ばれる5代目スカイラインC210型は、ケンメリ時代から続く4気筒エンジン搭載車のショートノーズ系がTIシリーズ、6気筒エンジン搭載のロングノーズ系がGTシリーズと区別された。このほかバンとワゴンがラインナップされた。4気筒エンジンはL16とL18型だったが、1978年にツインプラグ方式のZ16とZ18型に刷新されている。また1979年のマイナーチェンジで丸形4灯式だったヘッドランプが角形2灯式に変更された後期型に移行。ケンメリのようにDOHCエンジンを搭載するGT-Rは発売されなかった。

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